12月17日、お昼12時にメトロに到着した。入口で受付担当のお二方と挨拶し、中に入る。ほんの少しして今尾さんも到着し、まず作品の説明をしてもらった。
メトロの天井部からあらゆる方向に向かってうねうねと伸びたダクトは、アルミのような素材でできている。直径は約20センチぐらいだろうか。自分の肩あたりに排気されるものもあれば腰のあたりで排気されているものもある。展覧会タイトルは『work with #9(CLUB METRO空調設備)』。確かに、空調設備がこの展覧会の要である。メトロの空調から枝分かれする形でダクトに風が送り込まれている。ダクトの先に取り付けられたリコーダーの音が、今尾さんの設定した間隔、音量で鳴る。約6分でループしているらしい。リコーダーがどの音階を鳴らすかも今尾さんによってコントロールされていて、通常指で押さえる音孔は、ボルトやネジを使って塞がれている。
私は小学校の頃、音楽の先生に特別レッスンを受けて、リコーダーのコンクールに出たことがある。同級生4、5人ですごく頑張って、すごく練習して、コンクールに出た、という事実は覚えているのだが、実際どんなコンクールだったのか、会場はどこだったのか、どんなレッスンを受けていたのか、全く覚えていない。ソプラニーノを担当していたのだが、「バスリコーダーを吹きたかったのに……」と考えていたことは強く覚えている。あれは確か小学校4年生だったか。翌年、阪神淡路大震災があった。震災の頃の小学校でのことも、ぜんぜん覚えていない。
ダクトの先には、リコーダーかブルースハープが必ず付いている。ほとんどがリコーダーで、テナー、アルト、ソプラノ、ソプラニーノまで、いろんな音域をそれぞれのダクトが担当している。リコーダーの音は小学校の記憶も呼び起こす懐かしい音なのに、ダクトから送り込まれる空気の量に揺れがなく均一であるためか、ひとつひとつをよく聴いてみると冷酷で機械的にも聴こえる。一定時間一定の量で空気が送り込まれ、空気が止まる。空気が止まる瞬間は、カットアウトとはならず、ほんの少しピッチを下げながら1、2秒間かけて減衰する。その1、2秒間だけ、人間が吹くリコーダーの音と似る。しばらくしてもう一度鳴るそのリコーダーは、また人間離れする。
ほんの少しピッチを下げながら音が止まる時、ダクト達は少し頭を下げる。(頭?ダクトの先、リコーダーの付いている部分が頭だったとしたら、ということである。)お辞儀をするようでもあり、大きくため息をついたようでもある。頭を下げると同時に、ダクトのシワが「くしゃ」と少し音をたてる。今尾さんから作品の説明を受けながら、すべてのダクトに目をやっていく。だんだんと、リコーダーを吹かされているダクトと空調設備達が滑稽になり、笑えてくる。
メトロの空調設備は、まさか自分たちの出す空気がリコーダーやブルースハープの音に変換されるとは思っていなかったと思う。初めてリコーダーやブルースハープという楽器を吹かされて、しかも、1日8時間も、それを3日間も繰り返して……。
メトロの林さんと久々にご挨拶する。メトロではこれまでハコ全面を利用して展覧会をやったことはなく、今回が初めてとのこと。コロナ禍でイベントが減っている今だからこそできる企画ということらしい。「大阪市は飲食店の時短要請が出てますけど、京都は出てないんですか?(私)」「京都は今のところ出てないですね(林さん)」なんてやり取りをした数時間後、フロアに戻って来られた林さんが「今さっき、京都市も時短要請出ました……」と嘆く。
バーカウンターの中で、ずっと観察させてもらった。来場者が来る。自分の位置と、あるダクトを、直線でつないだ線の上を来場者が通ると、音がねじ曲がる。「もう一回そこ通ってみてください」と言いたくなるのは気持ちだけにしておいて、言わなかった。
来場した皆さんには、お気に入りが見つかっただろうか。私は見つかった。自分のいた場所から見て左側。バーカウンターの奥にあった3本のダクトとリコーダーである。ちなみに、PAブースからぐっと後ろに下がったロッカーコーナーの、ひとりぼっちのダクトとリコーダーが次点である。でも断トツでバーカウンターの奥の3つが粋でかっこよかった。この3本は、まず、鳴る時間、回数が少ない。次に、音がいい。一番まろやかで、芯のある音をしている。芯のある音というのは、音の大きさは関係ない。小さな音でもどっしりとしている。そして、少し空間が囲われているから、反響と音吸収も特殊なのだ。そういえば、メトロでライブやDJを見ている時、この空間で出演者やスタッフがワインやシャンパンを飲んでいる風景を見たことがある。メトロのこの空間って、異様に艶やかでVIPっぽさがある(いやらしくなく)。
音に耳を向けて静かに観察していられたのは、夕方までだった。18時以降は、次々に人が訪れ、立ち呑み屋よろしく飲んでしゃべる来場者が多かった。それでも、さすが空調設備である。完璧なまでに脇役となり、演奏を続ける。ひとつひとつのリコーダーに耳を近づけて音を確認する来場者にはしっかりと音を聴かせ、かたや、友人同士や今尾さんとの会話を楽しむ来場者には「家具の音楽」であることに徹する。