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最初の数時間、まるで本当には時間が経っていないみたいに私の体は楽だった。いつもより調子がいいくらいだった。体に溜まった時間が音によって引き伸ばされていた。旋律がはじまると、意識もまた疲労感ごと鳴らされ伸ばされていた。私が知っている時間はいつの間にかあの旋律という時間に取って代わった。
開場してしばらくは人が来なかった。バーカウンター内の椅子に座って無人の視界を見つめた。音を、時間をかたちづくる装置のようにしてそこにいた。ほとんど空間と同化するようだったが、人が来ると揺れた。これは私なのか、バーテンダーなのか、バーカウンターなのか、空間なのか。こんにちは、という。「こっちより左に並んでいるやつとソフトドリンクがチケットと引き換えで、この二本のみ追加で200円頂くことになります」ドリンクを入れる。ドリンクを渡す。ゲームのNPCキャラクターのようだった。繰り返された。ときどきループから外れるようにして来場者の視界を想像した。あなたたちに聴こえている音を想像した。あなたたちの時間感覚と、私の時間の重なりとズレを。
あなたたちに影響された。それはあなたたちが外からやって来て、外の時間を持ってきたからだ。こんにちは、という。繰り返されたが、まるで自動的にではなくて私から能動的に出た言葉であるかのように錯覚するときがあった。致命的な気がした。私は揺さぶられた。もしかして私の体はバーカウンターじゃないんじゃないか?
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